吾平津神社(あひらつじんじゃ)

高原町の名所、吾平津神社の紹介。

御祭神

吾平津昆売命(あひらつめのみこと)
天照皇大神(あまてらすすめおおみかみ)
武甕槌命(たけみかづちのみこと)
倉稲魂命(うかのみたまのみこと) 
天児屋根命(あめのこやわのみこと)
木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)
経津主命(ふつぬしのみこと)

御神徳

交通安全 航海安全 商売繁昌 諸祈願成就

その他

社殿:本殿(神明造)2.7坪 拝殿(権現造)42.2坪
創立年月日:和銅二年(709)
例祭日:十一月十四日
主な祭典:漁神楽 旧暦三月二十一日

由緒沿革(案内板より)

当社は元明天皇の御代の和銅2年(709)の創建にて、乙姫大明神と称して、江戸時代、飫肥(おび)十一社の1つとして歴代の藩主の崇敬篤く、明治維新に際し、伊東裕帰知事の意により、吾平津神社(あひらつじんじゃ)と改称され、昭和8年郷社ととなる。
境内に御門神社二社があり、櫛磐間戸命(くしいわまどのみこと) 、豊磐間戸命(とよいわまどのみこと). の二柱の神をお祭りしてあります。
その他に境内末社として祖霊社、又豊漁及び商売繁盛の霊験あらたかな乙姫稲荷神社が鎮座されています。
主祭神の「吾平津昆売命(あひらつめのみこと)」は宮崎神宮の御祭神「神武天皇」が狭野尊(さののみこと)と称され、まだ日向に在られた頃の妃であり「古事記」によればお二人の間には「多芸志美々命(たぎしみみのみこと)」「岐須美々命(きす みみのみこと) 」二人の皇子ありとあり、また「日本書紀」には「手研耳命(てぎしみみのみこと)」お一人の皇子あり。
神武天皇が皇子や郡臣と共に日向を立って大和朝廷をおこすため東遷された時「吾平津昆売命」は同行せず当地に残こられ、この油津の地より御東遷の御成功と道中の安全をお祈りされました。
この故事により当神社は交通安全、航海安全、商売繁昌、諸祈願成就の神様として篤く信仰されています。

宮崎県webサイト「ひむか神話街道」より

カムヤマトイワレヒコノミコト(神武天皇)の妃アヒラツヒメを主祭神とし、通称「乙姫神社」と呼ばれています。
アヒラツヒメは神武天皇の東征には同行せず、この地でその成功をお祈りしたと伝えられています。
宮崎県webサイト「ひむか神話街道」
http://www.kanko-miyazaki.jp/kaido/100map/legendlist/074/

地図

〒887-0005 宮崎県日南市材木町9-10

写真

吾平津神社 乙姫神社

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